論客商売~おすすめできない生き方~

BIGLOBEウェブリブログで同名のブログをやっていたことがあります。久々にブログなるものを書こうかと。

最近、選挙カーの声を聞かない==私の小学校に選挙カーが来なくなった日==

リビングデッドロスジェネ。うつ状態が酷くて寝込んでいます。今回の参議院選挙の時期もそうだったのですが、自室で選挙カーの声を聞かなかったですね……市の広報車(っていうのかな?)の「◯◯市です。何月何日日曜日は◯◯選挙投票日です。期日前投票は」とか言っている声は聞いたことあるんですが、ここ何回かの選挙で選挙運動している声は聞いたことがないような気がします。

……私の住んでいる辺りが住宅街だからでしょうか。

 

小学校2年生の時です。週に2日は集団下校でした。通学団がありまして。私の住んでいた地区の通学団は学校から遠距離にありまして。整列して下校するにも楽しい遊びを道中に行いながら長い距離を集団下校していたのです。撫でさせてくれる飼い犬のワンちゃんを撫でさせてもらうとか。水田の生き物を観察とか。道端の植物で遊びながらとか。

 

選挙カーに手を振る」というのも通学団での遊びとなっていました。

「ありがとうございますありがとうございます」繰り出される文言に選挙カーの工夫というか。

 

ただ手を振るだけでも楽しかったわけですが……小学校の2年生にもなりますとねぇ。政党とその特色。際立っているものに対しては「想い」が育ってしまうのですよ。新聞を読むのが趣味になっていましたし。おかげで国語の『①』に入る言葉を答えなさいだとか、この漢字の読みを答えなさいとかが得意だったのは小学校低学年時に新聞を読んでいたからだと思うのです。読めない漢字もあったはずですが毎日の新聞とテレビのニュースでわかったり、読めなくても国語の穴あき問題のようにあてはまる言葉を入れたり。

あの時期は大人にも難しいという漢字にはフリガナありましたからね新聞。楽しかった……今の難しい漢字は平仮名にしちゃう風潮はその点で残念ですね。

 

集団下校のある日に来た選挙カーにいつものようにみんなで手を振ったわけですよ。でもその日、私は変わった手の振り方をその選挙カーに向かってしたわけです。1年年下の友達が訊ねます。「◯◯ちゃん、それなに?」私は答えました。

「知らんのか天皇挨拶。この後にな『わたしのたんじょうびをいわってくれてありがとう。みなのけんこうをいのります。』って言うんやぞ~」

「おおー!!」っと言う声が男子高学年からあがりました。

 

……選挙運動の期間ですもの。機会はすぐ後の日にやってきました。ええ。日本共産党です。選挙で必ず誰かを立候補させる、たとえ当選者がでなくても誰かは選挙に出すという非常に熱心な党というイメージがありました。当時ですよ。

 

選挙カーに向かって無言で手のひらを押し出す動作を繰り返す我々の通学団。「……ありがとうございます……」と選挙カーのウグイス嬢さんが言ってくれた直後に我々通学団員が声を合わせて「わたしのたんじょうびをいわってくれてありがとう」と言い終わる前に「日本共産党日本共産党です」のアナウンスでスピードアップして我々から遠ざかる選挙カー。誰だったかはわからなかったのですが高学年の男子児童が「てんのうへいか~ばんざーい!」つづく我々「ばんざーい!ばんざーい!」田舎の田んぼ道に大きく唱和されたわけです。

 

次にやってきた選挙カーには通学団員皆が手を合わせます。合掌したわけです。おわかりいただけましたでしょう、選挙カー公明党です。「ありがとう……ございます」のウグイス嬢さんの言葉の後に我々が声を合わせて「♪なむあみだーぶつほうれんきょ♪なぁむあみだーぶつほうれんきょ」その選挙カーも急いで我々から遠ざかって行きました。

……あの念仏プラス題目。誰が考えたのかわからなかったですが、煽りスキルのある人物がこの通学団にいたんですねぇ。すっかり皆、これが気に入ってしまっていました。

 

もう集団下校が楽しみでたまらなくなっていた私。ある日なんかは我々通学団の姿を認めるや急いでUターンしていく選挙カーを見て皆で盛り上がりました。「逃げたぞ!」。遠ざかる選挙カーのアナウンスがなんだか必死です。

 

……悪い遊びがどうやって私の学級にも持ち込まれたのか。たぶん同じ通学団の男子か、もうひとつあった同じ方向に帰る通学団にいた級友なのか。「私が発端だとわかっている人はいないんじゃないかな?」という不思議な楽しさに浸りながら。

うちのクラスで休憩時間に選挙カーが来たときは大騒ぎでした。業間(2限目と3限目の間にあるちょっと長い休憩時間)や給食の後のお昼休みに選挙カーが来ると

 

それが公明党であるなしはもう関係なくなっていたように思います。「自分とこの仏壇の前で唱えるやつ、やろう!」と誰かが言い出し。いろいろあるんだなぁとお互いに感心した中で

「♪あしきをはろうてきーよめたーまえてんりーおーのみ・こ・と」×2回を振り付け付きでやった級友がいたのです。

「なにそれ!」「天理教の!うちは仏壇の前でこうするねんで!」「面白い!」「教えて教えて!」

……選挙カーが来る度に我々のクラスメイトは校庭側の窓を待ってましたとばかりに全開し、ある者は窓から身を乗り出さんばかりに声を張り上げ。ある者は立ち上がって教えてもらった振り付けをしながら。「♪あしきをはろうてきーよめたーまえ(以下略)」を何度も繰り返し歌いました。ダンシング&シンギング。

業間休みやお昼休みは長かったですから。担任の先生が職員室に戻っていることも多い。しかしあの大音声のシンギング&ダンシング。誰もやめなさいと言ってこない。担任の先生だけじゃなく、隣のクラス、他の学年……聞こえていないわけがないレベルでシンギング&ダンシングしていました。

 

そしてその日々も終わりがやってきたのです。帰りの会でした。集団下校ではない曜日だったことは確かです。担任の先生が言いました。「学校の近所の人達が苦情を出しました。」あ、ついに怒られる?と思ったのですが先生にはそういう素振りがありません。どういうことだ?と思った直後。「選挙カーは授業中、学校に近寄らないで欲しいと。これからは授業中に選挙カーは学校の近くに来ないことになりました。」

 

先生達に全く怒られなかったのはもしかしたらですが「授業中に来るな選挙カー」と思われていたからかもしれません。近所の地区も騒ぎ立てる小学生より「来るな選挙カー」の思いがあったのか。なにせ小学2年生でしたのでそこまではわからなかったのですが。

 

クラスには落胆の声よりなんか勝利してしまった感があって。近所の人も選挙カーが来る頻度が少なくなって喜んでいるとか聞くこともあり。

……昭和50年代後半のことでしたが。

 

昔語り楽しいわぁ。こんなリビングデッドロスジェネの癖に。輝いていた時代だったのかなぁ(すっとぼけて現実からマッハで逃げたい)。

 

 

現在も選挙カー来るな、寝ていた赤ん坊が起きてしまったじゃないか、夜勤があるのに眠れないなどなど。選挙カーもたいへんですね。それでうちの住宅街には来ないのかもしれませんね。自転車で選挙運動する立候補者もいますし。